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TAとRTAとRTA記録狙い  

RTAの記録狙いについて
結構前から思ってたけど、一応文章にしておこうかと思いました。

最近のRTAはリセゲーばっかしてただのTAじゃねーかと思ってる人が多いと思うんですが、そもそもRTAの記録狙いっていう表現がしっくり来ない原因じゃないかと感じます。


雑把な定義(ググったほうが速い)
TA:タイムアタック
ゲーム内時間の最速クリアを目指す。
リセットを何回してもゲーム内タイマーが進まないので、何度でもやり直し可能。
ex)レアドロップアイテムを落とすまで同じボスを倒し続ける。倒したらセーブ。次の区間の試行へ。

RTA:リアルタイムアタック
実時間での最速クリアを目指す。
実際の時間で計測するのでリセットしてセーブポイントから再スタートしたとしてもタイマーはリセットできない。
ex)ボスに負けたからリセット→再挑戦するまでの時間がロスとして加算されたまま。

RTA記録狙い(タグ:人力TAS、人間やめましたシリーズ等)
基本RTAだが、理想とするタイムに及ばない運を引いたり、全滅ロスなどがあった場合、プレイそのものをやめて次の試行に以降する。(タイマーを0に戻して最初から)


RTAはもともと不毛なリセットばかりのTAのアンチテーゼとして生まれた といった表現がされるのを見たことが有ります。
アンチテーゼとは反命題のことで、TAを命題とするとその反対の性質をもつってっことですね。

そしてRTA記録狙いは、特にタイムが煮詰まった状態の作品について、クリアするまでの全区間いい運を引き続けないと最速記録を更新できない現状なのです。その上位何%とかの運を引くために必死になって試行するわけですが、その完走率のひくさがTAを彷彿とさせます。元々不毛な試行から抜け出すために確立したプレイスタイルなのに逆行してどうするといった流れになるわけですね。

旧来のRTAは記録を達成したらレポートで報告と言ったスタイルを取り、チャートを構築してその有効性、再現性を証明できる記録が出せれば一区切りといったところでした。それが叩き台となり、他のプレイヤーが乗り出すことで記録更新を競っていました。

一方、最近のニコ生などの配信サイトでプレイ人口が激増した現状では、まさに群雄割拠。こぞってチャート開発が進み、最速記録更新がバンバンでるようになりました。単走から並走へ、並走から駅伝などの企画へ、そこから記録狙いへ、そして記録狙いの競争が激化する流れに。そしていつの間にか最速記録更新するためにはチャートやプレイヤーの腕前を超えた部分、つまり運を過剰に要求することになっていたのです。

それくらいプレイヤーの練度やチャートが研鑽され、性能があがっていることは喜ぶべきなのですが、最初から最後までの流れを観たい人にとっては記録狙いはつまらないと感じるようです。運を引く前提の余裕のないチャートや粗いプレイ。あるいは思わぬ幸運やロスをしたときの対応・リカバリ能力といった1発勝負特有のプレイヤーの実力が見れないからでしょうか。

個人的にはRTAもRTA並走もRTA記録狙いも好きです。RTA記録狙いに対する印象は初めは悪かったのですが、ひたむきに頑張るプレイヤーの姿を見て、実際に記録達成を目の当たりにすると本当に感動しました。DQRTAに関しては何度も経験しています。リセゲーは邪道だと否定する気持ちと、記録更新できてよかったという気持ちは心理的に矛盾を抱えてしまうのでおさまりが悪いのです。矛盾を抱える訳にはいかないのか、やはり他のプレイヤー・リスナーを見ている感触としてRTA記録狙いは好き嫌いがはっきり分かれてるように思えます。

「こういうプレイスタイルもある」っていう曖昧な感覚だから、「お前(RTA記録狙い)は違う」と言いたくなるんでしょうかね。なのでRTA記録狙いの立ち位置を明確にしてやろうかなと。

弁証法
弁証法とは哲学の用語なのですが、ここでは解釈としてヘーゲルの弁証法的論理学を指します。

ヘーゲルの弁証法を構成するものは、ある命題(テーゼ=正)と、それと矛盾する、もしくはそれを否定する反対の命題(アンチテーゼ=反対命題)、そして、それらを本質的に統合した命題(ジンテーゼ=合)の3つである。全てのものは己のうちに矛盾を含んでおり、それによって必然的に己と対立するものを生み出す。生み出したものと生み出されたものは互いに対立しあうが(ここに優劣関係はない)、同時にまさにその対立によって互いに結びついている(相互媒介)。最後には二つがアウフヘーベン(aufheben, 止揚,揚棄)される。このアウフヘーベンは「否定の否定」であり、一見すると単なる二重否定すなわち肯定=正のようである。しかしアウフヘーベンにおいては、正のみならず、正に対立していた反もまた保存されているのである。ドイツ語のアウフヘーベンは「捨てる」(否定する)と「持ち上げる」(高める)という、互いに相反する二つの意味をもちあわせている。なおカトリックではaufhebenは上へあげること(例:聖体の奉挙Elevation)の意。<Wikipediaより>


弁証法的にRTA記録狙いはジンテーゼ(総合命題)にあたると思えませんか?
RTA記録狙いはRTAの本質に反する愚行と思ってるのは表裏の2極論で割り切っているからであって、RTAとTA双方の矛盾する性質が統合された上位概念と定義するとしっくりきました。RTAであってRTAでないといいますか。時系列的にもTA→RTA→RTA記録狙いの順に発生してますしね。

しかし、RTAの記録狙いという表現のままだとRTA側に軸足を置いたままになるので2極論になりがちなのだと思います。したがって、RTA記録狙いというプレイスタイルをRTAの尺度で解釈せず、一段階上へシフトせさる。これが2極化対立を解消する新しい視点になるのではないでしょうか。

ということで、「RTA記録狙い」には別の名前をつけたらいいんじゃないかな~。というのが私の意見です。はよ
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